POA (Power-of-Attorney)

サンフランシスコ・ベイエリア情報誌のbayspo「老後に向けた準備特集2024」にコラムが掲載されました。

 

「終活」という言葉を聞いたことはありますか?人生の最期に向けて行う準備や活動のことを指すようです。日本では高齢化社会のせいか、書店でエンディングノートや断捨離のススメ等の本を見ることが多くなりました。「争続」対策だと焚きつけ、遺言の必要性が説かれることも多いようです。遺言(とリビングトラスト)は、亡くなった後の財産処理(管理・売却・清算・分配)の方法を決めることを主眼としていますが、亡くなる前の財産管理等についてもしっかりとした対策が必要であることを忘れないでください。  

日本では成年後見人、米国ではConservatorshipという制度があります。いずれも、裁判所の監督の下、財産管理や健康に関する判断ができなくなった方のために第三者が財産や健康の管理を行うものです。それに加え、米国には、Power-of-Attorney(POA)という制度があります。POAは、日本語に直訳すると「委任状」で、印刷した紙にサインしてNotary(公証人)に認証してもらうだけでできあがるので簡単ですが、後見人と同じような強い権限を与えることになるため、安易に考えないようにしてください。日本にはこのような制度がなく、私自身、日米の制度の違いに最も驚いたものの一つです。  


今回はPOAを巡って紛争になったケース(※1)をご紹介します。  

ある日、日本にお住まいの高齢者から事務所宛に相談がありました。兄が米国国籍の配偶者と結婚してカリフォルニア州に住んでいるが、昨年その配偶者が亡くなり、配偶者の連れ子と折が合わなくなったため、一人で困っているらしいということでした。最近は電話も繋がらなくなり、相談者も現地に赴いて様子を見に行くこともできないため、どうしたら良いか分からず、藁をもつかむ思いで連絡をくださったそうです。  

まず相談者からお兄様の知人関係を聞き出し、入手した電話番号や住所を手掛かりに各所に電話をかけたところ、お兄様の状況を知る方に辿り着きました。どうやらお兄様は、近くの高齢者施設に入居されているようです。その知人の方いわく、高齢者施設への入居はお兄様本人の希望ではなく、連れ子の一存で決まってしまったということでした。  

私は本人の状況を実際に確認すべく、施設に電話を入れました。事情を説明し、日本に住む親族の代理人だと説明をしたものの、「連れ子がPOA(※2)に指定されている。POAの許可がない限り、一切の情報は開示できないし面会も認められない。POAに伝えておくから、POAの連絡を待て」と突っぱねられてしまいました。連れ子がPOAに指定されているという情報を得たものの、待てど暮らせど連絡は来ない。現地のAdult Protective Service(※3)に事情を説明し、高齢者虐待が疑われると通報もしてみましたが、実際に動いてくれたのか、動いたとしてもどのような帰結になったのかの連絡はありませんでした。  

打つ手がなくなった相談者と私は、裁判所に対してPOAの解任を求める申立てを行うことにしました。「連れ子が、本人を高齢者施設に強制的に入れ、外部との連絡を遮断している。POAの義務を果たしていない」と主張したのに対し、相手方(連れ子)からは、「本人はもう判断能力を失っていて自力で生活ができない。施設に入ってからも面会に行っていて関係性は良好だ」という反論がありました。裁判官は「弟も連れ子もどちらも親族。本人を想っていることに変わりはないから、双方が納得する形で解決したい」とした上で、「日本の親族と本人の連絡が取れない状況は不適切であるから改善すべき。また、連れ子が本人の財産を管理する権限を有することを示す書類を出しなさい」と命じてくれました。  

施設に出向いて本人に会ったところ、なんと本人は元気ピンピンで、流暢な日本語でお話ができるじゃありませんか。渡米経緯や配偶者との生活、連れ子との関係性等、色々とお話を伺いました。POAの話も聞いてみたところ、配偶者の言うとおりに何かにサインした覚えはあるが、内容は理解していないとおっしゃられました。  後日、連れ子からPOAやリビングトラスト等の書類が開示されたので内容を確認したところ、本人の財産は全てトラストに組み入れられており、本人が判断能力を失った場合には連れ子が全て管理・処分できること、本人死亡後は連れ子が全ての財産を取得できることが書かれていました。これを知った相談者は合点が行った様子でした。「遺産が欲しくて、全て囲い込んでいるんだな」と。  

我々は裁判所に懸念を伝えた上で、本人の意思確認をしてほしいと上申しました。中立的な立場の第三者弁護士が選任され、本人との面会もしてくれましたが、裁判所へ報告がなされたのは「本人には判断能力はない」という信じがたい結果でした。成人してから第二言語を会得した方は、歳を取ると、第二言語を先に失って第一言語に回帰するのが一般的なようです。この方も、日本語であれば問題なくコミュニケーションが取れるのに、英語になると会話が難しい様子でした。  

第三者弁護士の意見を聞いた裁判官は、日本にいる親族とのコミュニケーションは再開させた一方で、連れ子をPOAから解任することはできませんでした。  

連れ子が本当に財産目当てで動いているのか、義父のことを想って動いているのか、私には知る由もありません。このケースから学ぶべきことは、本当に信頼できる人でない限り、安易にPOAに選任することは避けなければならないということです。英語が第二言語である場合には、判断能力を失っていないにもかかわらず判断能力を失ったと判断されてしまう可能性があること、そのために早めにしっかりとした対策が必要であることを、ぜひ覚えておくようにしてください。

※1 事実関係はフィクションです
※2 委任をする書類だけでなく、指定された代理人のことも POAと呼ぶ
※3 60歳以上の方や障害をお持ちの方を、虐待・ネグレクト・搾取等から保護することを目的とする行政機関

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